伝道者の書3:11 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。
息子が小学一年生になった時に彼の前歯の乳歯が抜け始めました。上の新しい前歯は問題なく生えてきたのですが、下の歯はあきらかに斜めに生えてきました。検診のときに歯医者にそのことを伝えると、先生は歯を見ながら「ああ、これはもうちょっと待ってから診て行きましょう。」と言われました。そして、約半年後の検診のときも同じようなことを言われました。そのとき私は先生の診断を聴きながら「何でこの先生は早く手を打ってくれないのだろう?」と強い不信感を頂きました。私の目から見て息子の斜めに伸びている前歯はあきらかに周りの歯を押しのけて悪影響を及ぼしていたからです。
しかし、ちょっと先生の言われたことを思い出しながら考えました。先生は「もうちょっと待ってから診て行きましょう。」と言われました。つまり、先生は「治療はしない。」と言ったわけではなく、「治療のタイミングは今ではない。」と言われたということです。
考えて見れば息子の歯は生え代わりが始まったばかりで、彼の歯はこれから何年も目まぐるしく変化するわけです。そんなタイミングで目の前にある歯だけに慌しく対処しても意味がなく、歯全体の抜け代わりが落ち着いてくるタイミングで矯正を始めなければ治療の効果はありません。先生は専門家であるが故に治療のタイミングを知っておられたので、あえて何も治療をされなかったのです。そして、素人の私には「この先生は何もしてくれない」と見えてしまったのです。
このような構図は神様と私たちの関係の中で何度も起きます。私達は目の前に起こる問題や危機に対してすぐに対処しなければと思うし、何もしなけれれば手遅れになってしまうと思います。そして神様がはやく介入して下さることを切に祈り求めますが、神様はよくその訴えを無視されます。まったく祈りに取り合って下さらないことを経験するのです。そんな状況の中に置かれると当然私たちは神様に不信感を抱きます。しかし、神様が問題の中で私達を放って置かれるとき、実はそこにあるのは私達に無関心な神の姿ではなく、最善の時を用いられて働いておられる神の姿です。
霊性の神学の第一人者であるダラス・ウィラードは、神様と共に歩む人生で最も大切なことは何か?と尋ねられた時にこう答えました。
「『急ぐこと』を、何としてでも生活から排除しなければなりません。You must ruthlessly eliminate hurry from your life ダラス・ウィラード」
私たちに必要なことは急いで自分の人生の問題を解決することではありません。私達を形作るために最高のタイミングで働いて下さる神様を信頼して待つことです。
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